プロフィール

1995年5月6日石川県野々市市生まれ。
31歳おうし座。
とくの幼稚園→御園小学校→布水中学校→石川県立工業高等学校卒。
趣味はゲームとフットサル。
合同会社OWNERS代表社員。
野々市市探求学習プロジェクト「ユースラボ」サポーター。
2022年石川県フットサル選抜選手。
石川県フットサルチーム「ミラクル諸江」所属(ポジションはアラ、フィクソ)。
友人や生徒からはズマの愛称で親しまれており、現在は野々市市内にて教育・児童福祉事業を運営。
家庭では2児の父として家事と育児に奔走しています。

これまでの歩み

地元の高校を卒業後、工場勤務からの決意

石川県野々市市で生まれ育った私は、地元の高校を卒業後、工作機械を製造する工場に就職しました。
毎日ひたむきにモノづくりと向き合う日々でしたが、ふと「10年後の自分」を想像したとき、自分の理想とする姿に届いていないのではないか、という焦燥感に駆られました。
「自分を変えたい、もっと広い世界へ挑戦したい」
その機会を模索し始めました。

世界の広さを知った、セブ島・オーストラリア留学

そんな中、大手企業を退職して自らの夢を追いかける友人の姿に大きな刺激を受け、以前から興味のあった海外留学を決意します。
3ヶ月間のセブ島留学を経て、オーストラリア・メルボルンで約1年間のワーキングホリデーを経験。
多様な文化や価値観に触れながら英語を習得し、世界の広さを肌で感じるとともに、人がポジティブに生きることの圧倒的な大切さを学びました。
これが私の人生のターニングポイントとなりました。

教育への目覚めと手痛い「起業の挫折」

帰国後、身に付けた英語力を活かして大手こども英会話スクールに就職。
未来ある子どもたちの成長をすぐ側で応援できる教育の世界に、深いやりがいと魅力を感じるようになりました。 「大人にもこの魅力を伝えたい」と意気揚々とオンライン英会話事業で起業を試みたものの、結果はみごとに失敗。
人生初の大きな挫折と、ビジネスの厳しさ・難しさを身をもって味わいました。

フリースクール、放課後等デイサービスでの勤務

挫折ののち、次に興味をもったのは不登校や発達障がいを抱えるこどもたちの支援でした。
石川県内のフリースクールや放課後等デイサービスで勤務する中で、生き生きと過ごすこどもたちの姿にとても感動を受け、こどもたちの成長をすぐ側で応援できる教育の世界で自分にできることを探そうと決意しました。

教育会社の起業、臨機応変な地域コーディネーターへ

こどもたちが伸び伸びと成長できる環境をつくるため、合同会社OWNERSを設立。
これまでにはフリースクール、学習塾、通信制サポート校、英会話教室の運営に加え、こども食堂の支援やクラウドファンディングで校舎に図書室を設立するなど、想いをカタチにする確かな実行力を持って民間から教育現場に携わってきました。
現在は野々市市の地域コーディネーターとしても活動し、行政・学校・地域を繋ぐパイプ役を担っています。

これからの挑戦

民間教育の最前線で何百人ものこどもたち、そして子育て世代のリアルな悩みと向き合ってきたからこそ、私には確信していることがあります。

「1人の力では超えられない壁も、力を合わせれば必ず突破できる。」

子育て環境の充実や親世代の負担軽減、全世代が心身ともに健康に過ごせるような豊かな街づくりの実現、誰かの新しい挑戦を後押しするようなムード。
これらを一部の民間取り組みで終わらせるのではなく、野々市市全体の仕組みとして定着させていかなければ、本当の意味で「誰もが生き生きと暮らせる街」にはなりません。

2児の父親としての当事者目線と、教育会社の運営者としてこどもたちのリアルに向き合ってきた経験から、誰よりも現場の課題を知っている自分だからこそできることがある。
起業を通じてゼロから組織を立ち上げ、現場で課題と格闘してきたエネルギーと経験を、今度は自分が生まれ育ったこの野々市市のために役立てたい。

自分を育ててくれた野々市に恩返しがしたい

そんな想いを胸に、すべての世代が明るく過ごせるような街づくりに取り組んでいます。

松田知将